皆さん、日経新聞は読んでおられると思います。
経済人にとって日経一面の記事は重要ですが、私は最終面から読み始めます。「私の履歴書」、交遊抄、連載小説は毎朝必ず読んでいます。「私の履歴書」は政治や経済、スポーツ等の領域で大きな実績を残した人物が自身の半生を1か月にわたって綴っています。読み物として政治家やスポーツ選手もいいですが、やはり経済人。とりわけ波乱万丈な人生を送ってこられた方ほど、興味深く読ませてもらっています。とは言っても、今年3月に掲載された村木厚子さん(元厚生労働省事務次官)の検察官とのやり取りや拘置所での日々の描写は非常に生々しく、結末は分かっているのに思わずハラハラしました。
前置きが長くなりましたが、今年6月はSGAクライアントの大河原毅さんが登場なさいました。氏は日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長で、現在は㈱デルソーレのCEOを務めておられます。私と大河原さんとの出会いは20数年前のゴルフ場でした。たまたま私たち夫婦と氏ご夫婦とのラウンドになりました。昼休憩で話がはずみ、プレイ後にもお茶をご一緒に。ケンタッキーの元社長とはその時お聞きしましたが、偉ぶることもなくお二人ともとてもざっくばらんにお話なさる方でした。
その後何度かゴルフをご一緒させていただきましたが、当時大河原さんがフランチャイズ展開をスタートしたばかりの「夢ある街のたい焼き屋さん」を、ひょんなことから私自身始めることになりました(笑)。お年寄りが孫の手を引いて、ぶらりと立ち寄れる下町にあるようなたい焼き屋さんがコンセプト。店内で小豆から炊き上げるこだわりの餡子、そして当時珍しかったお好み焼きたい焼きに興味をそそられ、2006年5月に私が住んでいる武蔵小金井の農工大通りに1号店をオープン。2年後には阿佐ヶ谷に2号店。なんと1号店の店長は妻のちどり!私も助っ人要員として戸越銀座にあった店舗でたい焼き作りの研修を受けましたよ(笑)。ただ当然のことながら夏場の売上が厳しい上、やっと慣れてきた秋から入ったアルバイトさんを翌夏前にリリースせざるを得ないなど、数年で継続を断念しました。客商売の難しさやオペレーションの苦労が実体験でき、決して高くはない授業料だったと考えています。
その後大河原さんにはSGAのクライアントになっていただき、長い月日が流れました。「私の履歴書」に書かれていた幼い頃の苦労話は多少なりともお聞きしていましたが、あれほどまでにご苦労なさったとは知りませんでした。掲載されてすぐにご連絡を差し上げたところ「自分のできの悪さがバレちゃって、とても恥ずかしい」とおっしゃっていましたが、なんのなんの…。いつまでも現役でご活躍いただきたいと願っております。
縁は異なもの味なものと言いますが、たまたまゴルフをご一緒したご縁でここまでの物語が生まれました。以前から私自身、人にしろ、仕事にしろ、物にしろ、縁を大切にしてきました。これからもずっと大切にしてまいります。

























